最後まで点いていた筐体
残響電波2026年8月31日1,000〜5,000字 あらすじ
かつては多くの子供や若者で賑わっていたゲームセンターも、時代の変化とともにすっかり寂れてしまった。それでも店主は、思い出の詰まったこの店を諦めきれない。70歳を超えた店主は、もう一度人を呼び戻すため、手書きのポスターを手に町へ繰り出す。
店主は諦めきれなかった。
あんなに活気溢れていた自分のお店が、今やすっかり寂れてしまったことに諦めがつかなかったのだ。
店主は人っ子1人いない自分のゲームセンターを見回して、ひとりため息を吐いた。
色褪せたポスター、埃だらけの床、ところどころ点いていない電球。
吐いたため息も筐体のファンの音で掻き消され、店内に響くことはない。
泣きたくなる気持ちが湧いてくるが、いつしか流れなくなった涙。
目を拭っても濡れることのない手の甲を見つめて、余計に虚しくなる。
自分を追いつめるだけだと目を上げると、電源を付けっぱなしにしている筐体の一つが目に入った。
自分と同じくらい歳を取った筐体。
煌々と照らす画面の明かりが、店主に再起を促す。
昔はたくさんの子供や若者が集まる活気あるお店だった。
時代も手伝って世の中はすっかりゲームブーム。
大してゲームに興味があったわけではなかったが、早くして妻を亡くし子供もいなかった店主に、テレビで流れたとあるゲームセンターの映像が、ゲームの電光も相まってとてもキラキラしている様に見えたのだ。
幸いゲームブームがまだ訪れていない田舎町だったので、程なくしてゲームセンターを開業すると瞬く間に人が集まった。
自分の周りに人が集まってくるその光景は、妻との思い出を追い出すほどの効力はなかったが、寂しさを紛らわすには充分だった。
しかしそれも、20年も経てば終わりが見え始める。
やれネットゲームだスマホゲームだと、子供や若者の関心が外から内へと変わるに比例して、店主のゲームセンターも寂れていった。
このままではいけないと手書きでポスターを作って手配りしてみたり、町の掲示板に貼ってみたり、筐体の販売元や卸屋、知り合いの問屋さんにしつこく聞いてみたりと、とにかく手を尽くしてみたが効果はなかった。
むしろ次第に煙たがられるようになり、最近では挨拶してもロクに返してもくれない。
お客さんが0人になったのは、それからすぐのことだった。
今思えばパソコンやスマホを頑張って学ぶべきだったと悔やむ。
齢70も超えると、経験値を活かせない新たな物を学ぶ気持ちが湧かない。
店を構えている都合上固定電話はあったので、改めて携帯電話を持つことさえ考えなかった。
その固定電話も今やすっかり鳴らなくなってしまったが。
古びた固定電話を見て、店主は今でも鳴り出すのではないかと期待している自分に気付く。
受け身的だと言われればそれまでだが、それでも何かにすがっていないと気持ちを維持するのが難しい。
筐体、固定電話、レジ機や両替機、電球一つですら今の店主には心の支えなのだ。
パソコンやスマホが扱えていればここまで悲惨な状況にならなかったかもしれないが、考えても仕方がない。
今からでもまたポスターを配りに行こう。
知り合いの印刷会社に、多少お金がかかってもいいからデザインを作ってもらい大量に印刷してもらおう。
それを手配りすれば、最盛期とまではいかなくても人は来るはずだ。
店主はカウンターに置きっぱなしにしていた手書きのポスターを一枚乱暴に引っ掴んで、ゲームセンターの出入り口を開けて外に出た。
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「ここって何のお店だったっけ?」
ふと目についた、見るからに廃墟っぽい建物を指差してわたしは隣で歩く夫に聞いてみた。
「何だっけ?でも昔来たことある気がするんだよなぁ、確かゲームセンターだったようなぁ…」
夫もわたしが指差した方向を見ながら首を傾げた。
私も夫もお互いこの町で育って結婚し、今も小さな家を購入して住み続けている。
なので2人ともある程度町並みの風景には見覚えがあるが、こうやってすぐに思い出せない時も多い。
閉店する時は寂しい気もするが、いざ営業しなくなると記憶の彼方に消えてしまうのだから人間は都合のいい生き物だ。
「そうそう、ゲームセンターだ。少し頑固っぽいお爺ちゃんが1人で切り盛りしてたよ。でも話しかけてみると意外と優しくて、結構友達の間では人気だったんだよね」
そんなだったかしらと私は首を傾げる。
ゲームにあまり興味がなかった私には無縁の場所だったかもしれない。
「オレもよく友達と一緒に来てたよ、でも確かその店主、病気かなんかで亡くなっちゃったんだよなぁ、そこからすぐに閉店しちゃって、それ以来他のテナントも入ってないみたいだね」
何となくそんなような話を聞いたことがあったような気がして、私はもう一度、ゲームセンターだった廃墟を見た。
入り口が空いている。
こんな田舎だから開けてても誰も入ってこないかもしれないが、それにしても不用心だなと思いながら、夫と2人で通り過ぎていった。
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店主は手書きのポスターを握りしめてその場に立ち尽くしていた。
今通り過ぎていった夫婦の会話が、頭の中で木霊する。
これからという時だった。
意気込んで外に飛び出した瞬間に聞く会話としては明らかに不釣り合いなものだった。
だが店主にとってその話をバカな話だと一蹴出来なかったのが、夫婦のどちらも自分の方を見ていたが、自分のことよりも背後のゲームセンターを見ていた。
あの視線には身覚えがある。
チラシを配る時、断って掲示板にチラシを貼る時、挨拶してもロクに返さない人達。
皆自分の方を見ていたが、自分を見ていなかった。
目の端で何か動いたのが気になって顔を向けたかのような、そんな仕草だった。
店主は、やっと理解した。
そして、やっと諦めがついた。
ゲームセンターで最後まで点いていた筐体の明かりが、プツンと消えた。
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